五章 興国の階
森の王国ウィンダリアが滅んだ。
サグーンがそう各国に向けて告げたものだから、世界中の人々は驚き、あるいは慄きつつも、それでも信用した。嘘だとは思われなかった。
それはウィンダリアが穏健であること、サグーンが突出した軍事力を誇る国であること、両国が古くから国境を接し、互いとはあまり友好でなかったこと、などを人々が知っていたからだ。
実際ウィンダリアに近いところでは終日鳴り響く鐘の音が人々の噂になっていたし、ウィンダリアへ向けて視察団を結成し派遣されていく姿は、どこの国でもみられた。
サグーンと仲が悪いとされている魔法王国ファーンが、ここ数年内紛が続き不安定なため、サグーンが力を温存、強化しているとの見方も強く、ウィンダリアを滅ぼしたと宣言したサグーンがこれからどう動くのか、世界中に、とりわけサグーンとファーンの間にある小国家群に緊張が走った。
いつもとなにも変わらなかったのは、世界中でも最大の国アンデルシアだけだっただろう。
鴉の娘、と呼ばれる少女たちがいる。
騎士とも魔法使いとも似ているようで異なる黒い制服に身を包み、例外なく黒髪をした娘たちなので、そう呼ばれている。
正式にはどこの国にも属しておらず、身分と所属を示す紋は、彼女たち独自のものを持っている。
彼女たちは超国家の情報機関であり、特定の国家に肩入れしないかわり、どの国家にも同じ条件で情報提供を行うとされている。
その特質から暗殺も請け負うと噂されているが、真実かどうかはわからない。
なぜなら鴉の娘は皆、少女だからだ。
十代から、せいぜい二十代前半程度の娘しか目撃されていない。それ以上の存在がいないはずがないのだが、彼女たちの本拠地がどこなのか、なにをしているのか、というのは、まったく知られていなかった。
そんな謎に包まれていながら、世界には彼女たちに好意的な国、というのが存在し、ウィンダリアもその代表だった。
ウィンダリアでは国内において優遇措置を受けられるよう彼女たちに国紋を授け、活動を公に認めていたのは有名だ。
ゆえに。
彼女たちのことも噂になった。
鴉の娘を抱きこんでいても、ウィンダリアは滅びたと。
サグーンが代表的な鴉の娘嫌いな国であることも、噂を盛り上げた。
森の王国ウィンダリアが滅んだ。
人は口々にその噂を広めた。
だから、火災の混乱で情報など手に入る状態ではなかったウィンダリアの国民にまでその噂が届くようになった。
ウィンダリアが、滅んだ。
ウィンダリアの人々には、よくわからなかった。
では、自分たちはなんなのだ。この土地は。もう、ウィンダリアではないというのか。
そういうことなんだろうが……やはり、よくわからなかった。
それでも、他国は動き始めた。
森が焼き払われても、かの土地は豊かで広大だ。
古くから続く王家は、どこに庶子がいるかわからない。とうに王家を名乗るのをやめていた貴族かその末裔が、人の記憶にないほどの昔の縁戚関係を持ち出すかもしれない。
民は、たとえそんなあるかどうかわからない血筋でも、他国の侵略者よりマシと思うかもしれない。
そんな思惑は、当のウィンダリア国民などほっといて、すでに動き出していた。