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 一章 風の娘と大地の盾

 騎士団の制服は森と湖を映したような深い緑と青の中間のような色だった。
 スルヤは自分に授けられたその制服の色を、好きだ、と純粋に思った。この森と湖が好きだと思うのと、同じようなものだったのかもしれない。
 制服を与えられ、剣を腰に佩くことを許されたのは、この養成所に来て五年目のことだった。
 自分は一期生で、同期も後輩もどんどん脱落していなくなっていく中、こうして五年かけてでも騎士になれたのは、はたして優秀なんだろうか。
 時折自分でもすごいかも、と思うことがなくはないが、でも騎士団の筆頭騎士は若く二十歳の青年だ。いかにも貴族という感の強い人なので、養成所にいても稽古をつけてもらうときの睨むような瞳しか、スルヤは知らないけれど。
 あんな人と並べると、自分なんてやっぱりたいしたことのない、取るに足らない子どものように思えてならない。
 剣を手に入れ、自分は……少しは強くなれただろうか。守りたいと思うものを、諦めずに守り通せるくらいに?
「スルヤー」
 廊下の向こうから声が届く。
 顔を上げるとレンブラントの赤毛がぴょこぴょこと走ってくるところだった。
「どうした、レン?」
「あのね、カーティがいちご持って帰ったの、一緒に食べない?」
「は? 持って帰った、て?」
「うん、昨日の訓練のあと村に帰ってたんだよ。で、今朝一番に帰ってきたの」
「またか」
 スルヤは前髪をかきあげて苦笑した。
 レンブラントとカーティスは、同じ村の同じ孤児院の出身だ。ふたりはスルヤより一年あとにこの養成所にやってきた後輩、ということになるが、一年会わずにやっと再会した弟みたいなふたりは、それぞれ大きくなっていたのに、相変わらずスルヤにはひどく甘えん坊だった。
 それは四年たった今でもかわらない。
「いちごか。いいね」
「ミルクもあるよ」
「レンは好きだな、そういうの……」
 笑いながら並んで歩く。背丈はほとんど変わらない。それよりレンブラントは中性的な顔をしていて、まあ簡単に言うと美人なので、立っているだけで人目をひいてしまう。長くのばした赤い髪が、炎の髪の寵愛の証と言われていて、こちらも目立つ。
 けれど肝心のレンブラントはそれを人にとやかく言われるのが大嫌いだ。
 まあ、見た目がどうであろうと、中身は甘党の甘えん坊だし。
「お、おっす、スルヤ。おせーよ、レン」
「うるさいなぁ。スルヤは騎士さまでぼくらより忙しいんだよ」
「いや、そんなことは……。待たせて悪かったな、カーティ」
 ふたりは小さいころから一緒にいたのに、あるいはだからか、ずっと顔を合わせれば喧嘩ばかりしている。それも仲の良い証拠と言えるだろうか。
「いんや。忙しいのに呼びつけて悪かったな、スルヤ。でも村のいちご、食べるだろ?」
「ああ、いただきたいね、ぜひ」
 スルヤが微笑んでカーティスと同じテーブルに着くと、レンブラントはぼくのときと態度が違うとぶつぶつ言いながらミルクを取りに行っている。
「お、おいしそうだな。もらっていいのか?」
「もちらん! あ、こらレン、おまえ食うペース早すぎ! おまえのは三分の一だけだぞ! 早いもん勝ちじゃねえぞ!」
「うるさいなぁ。そんなこと言ってたらカーティのぶんまで食べちゃうよ?」
「おま、言ってるそばから!」
 いつも通りのやり取りに、スルヤは笑いながらいちごを口に入れた。新鮮で甘さと酸っぱさが凝縮した味は、おいしいというより懐かしいと感じだ。
「カーティ、村はどうだった?」
「ん? 相変わらず変化なし。よくもなってねーけど、悪くもないってカンジ」
 成長して三人のなかでは一番大柄になったカーティスはいちごを口に入れて故郷のことをそう言った。
 村は、ここからそんなには遠くない。
 すぐにホームシックになってしまうカーティスが、訓練のあと抜け出して帰れるほど近い。そして村の孤児院に泊って翌朝戻ってくるのだが、朝寝坊の常習犯のカーティスがちゃんと朝の訓練までに戻ってこられるか、スルヤは毎回ひやひやしている。
「シルフィは? 元気だった?」
 レンがとびきりの声で聞いた。その名前にスルヤはどきりとする。
 シルフィは共に過ごした兄妹みたいなものだ。スルヤとレンブラント、カーティスがこうして出てきたので、女の子だったシルフィはひとり残される格好になってしまったが。
「お、おう。まあ、あいつも、普通だ」
 顔をいちごみたいに赤くしてカーティスが答えた。スルヤは思わずぷっと吹いてしまった。
「笑うなスルヤ! レン、おまえはわざとらしく呆れてんじゃねえ!」
「だってカーティが。……まあ、いいけど。シルフィ、美人になってる?」
「おまえは毎回同じこと聞くな。あいつは昔のままだって」
「そうか。じゃあきっとかわいいんだろうね」
 ふたりの会話にスルヤが混ざる。
 カーティスは赤くなったままもじもじしている。身体は大きくなってもこういうところはまだまだ子どもだ。
「ああ、ぼくもシルフィに会いたいなぁ」
 大仰に溜め息をついてレンブラントが椅子にしなだれかかる。
 まるで休息をとる女神像の絵画みたいだが、これがレンブラントの子どもらしさとでも言うべきか。無邪気さが神々しくさえあるのがレンブラントだ。
 表向きには少しは大人ぶった態度を保てるようになった三人だけど、せめて三人だけのときくらい……もう一人の幼馴染みを思い出すときくらい、年相応の自分たちのままでいても許されるよな、と思う。
「シルフィ、か」
 妹のように可愛がっていた少女を思い浮かべる。
 スルヤもレンブラントもここへ来てから一度も村に帰っていない。というか、ここから一歩も出ていない。それが普通だ。
 天使のように無邪気で、木に登って遠くを見るのが好きだったシルフィ。
 いつか風のように、どこかスルヤの届かないところへいなくなるのではと恐れていたのに。
 いなくなったのは自分のほうだった。
(シルフィ……)
 会いたい、という思いは深く心の奥に封じ込めて、スルヤは思いださないようにしていた。