三章 夢のかたちと恋の歌
部屋に入ってくるなりレンブラントはシルフィに抱きついてきて、カーティスがあわててひきはがしにかかり、ふたりまとめて騒ぐなとスルヤに叱られしゅんとなった。
むかしのままだった。
「まったく。少しは場をわきまえろよ。シルフィがいるのが嬉しいのはわかるけど、その前に彼女がここにいるのがマズいんじゃないか、てちゃんと思ったか、おまえたち?」
ひとり椅子に座っているので視線の高いスルヤが、呆れて見下ろす前で、シルフィの両脇のレンブラントとカーティスがしょんぼりした。ふたりともすごく背が高くなったのに、そういう仕草とか、子どもの頃と変わらない。
「思ったけど」
ぼそり、とレンブラントが呟いた
それからふたりはシルフィを覗きこんだ。
「ねえシルフィ、神殿を抜け出してまでどうして来たの」
「スルヤに会いたかったんなら、俺たちを呼ばなくてもいいよな」
「なに言ってるのカーティ、僕はたとえお邪魔虫になろうとも呼んでほしいよ」
シルフィを挟んでの言い合いっこ。むかしと同じだ。シルフィはちょっと嬉しくなって、にこにこと笑っていた。だってこうしてふたりの間にいて、ちょっぴり呆れ顔のスルヤに見下ろされるのが、好きだった。
「シルフィは話があって来たんだよ。レンのことだから呼んだんだ」
そんなスルヤの言うことは、なんだかんだいってよく聞くふたりは、揃ってシルフィを覗きこんだ。
「僕のこと? なに? 神殿でなにか言われた?」
黄昏の女神のようといわれるレンブラントは、確かにとても美人だ。きっと女神さまっていうのはこんなふうに美人なんだろうなあと思う。女神さまを奉じている神殿の人々が、やたらとレンブラントに肩入れするのも無理はないのかもしれない。
でも。レンブラントはレンブラントだ。
シルフィはレンブラントを見た。正面から目を合わせると、レンブラントはにこっと微笑んでくれた。
「レン……」
「なあに」
「レンはサミュエルのこと、好き?」
……部屋が、しーん、となった。
レンブラントがぱちくり、とまたたきする音まで聞こえてきそうなくらい。
「はぁっ?」
「なんだって?」
大きな声で驚きを表したのは、カーティスとスルヤだ。シルフィはレンブラントと見つめあったまま。
「サミュエル。歌の上手い子ね。レン、いつも見てるでしょう?」
シルフィはただ思ったままを口にしただけなのだが、カーティスとスルヤがレンブラントに注目した。
……レンブラントが。
初めは何を言われたのかわからないという顔でシルフィを見つめていたのだが、幼馴染み三人に注目されていることに気付いたレンブラントは、急に、ぱあっと顔を赤らめた。
その反応に、カーティスが腰を抜かしたように口をぽかんと開けて親友かつ悪友を指差した。けれど言葉は出て来なかった。
「……おどろいたな」
スルヤがぽそりといった。それでレンブラントが我にかえった。
「なっ! えっ? ぼくがっ?」
「レン、なんだその反応」
スルヤが苦笑する。
いつも一番大人だよなあ、スルヤは。シルフィは感心する。目が合うとスルヤは目を細めて微笑んでくれるので、シルフィも微笑み返す。
「え、ちょっと待ってよ、シルフィ。僕が大切にしているのは君だけだよ」
「うん、ありがとう、レン」
「うわ……シルフィ、距離を感じるよ。怒ってるの?」
「ん? どうしてわたしが怒るの?」
きょとんと見返すとレンブラントが頭を抱えた。
あはは、とスルヤが声を上げて笑うと、レンブラントが恨めしそうにスルヤを見上げる。
「なんだよスルヤはそんな余裕な態度で。どうせシルフィは自分のものだって思ってるんでしょう!」
「べつに余裕じゃないぞ?」
「どうだか。ちょっとカーティ、いつまでそこで石になってるの」
「……」
言われてみると、本当だ、カーティスが石像みたいにさっきの格好のまま固まっている。
「……カーティ?」
けれどシルフィが名前を呼ぶとぱっと動いた。それがあんまり急だったので、シルフィはびっくりする。
「お、俺はそんなことはしないからな。俺はお前が一番だ」
そして真面目腐って言った。シルフィはその意味がわからず首をかしげる。
「ちょっとカーティ、なにどさくさで愛の告白してるの」
「はっ? あ……! いや、そういうつもりは!」
今度はカーティスが赤くなっておろおろする。そして相変わらず不思議そうに自分を見ているシルフィに、カーティスは気付けよ、とぼそりと言ったが、シルフィにはやっぱりよくわからない。
「えっと?」
そして困ったときに助けを求めるのはスルヤときまっていて、シルフィが見上げるとスルヤは、スルヤだけは、いつもと変わらない穏やかな表情で見返してくれた。
「うん、大丈夫だよ」
スルヤの声は優しい。聞いていると、落ち着く。
「みんな君のことが大好きなんだよ」
「みんな?」
「そう。レンブラントもカーティスも」
それは、知ってる。シルフィだって、レンブラントとカーティスが大好きだ。シルフィは、それでもスルヤを見上げた。だって肝心な名前がそこには足りない。
「スルヤは?」
「うん? 俺? もちろん俺も君が大好きだよ」
穏やかに、少し目を細めたスルヤが言う。その優しい声と表情にほっとする。
「シルフィは?」
「うん、スルヤ、大好き」
「よくできました」
スルヤは笑って頭を撫でてくれた。
「……なんかさあ。スルヤってずるいよね」
「そうか?」
「なんか俺らダシにされてね?」
「気のせいだろ」
ふたりが睨むように見上げるのをスルヤは軽くあしらう。その表情はいつもと同じ、あの穏やかな笑顔。
三人はずっと三人で、ずっと仲良しで、いいなあ、とシルフィはちょっぴり羨ましく思った。
「ねぇシルフィ」
隣からずいっと身を乗り出してきたレンブラントが、シルフィとおでこがくっつきそうになるくらい顔を近づけてきた。
「こら、レン! おまえ近づきすぎだ!」
「うるさいなぁ、カーティは。ねえシルフィ、三人の中でだれが一番好き?」
「お、おい、レン! なんてこと聞いてんだよおまえは!」
「だからうるさいなぁ、カーティ。自分だって気になってるくせに」
「は、はああっ?」
「あのうるさいのはほっといて。どう、シルフィ?」
にこっと笑顔でレンブラントがたずねてくる。カーティスはあたふたしている。スルヤを見上げると、呆れたような苦笑を浮かべている。それはいつものスルヤだったのでシルフィはほっとしてレンブラントを見返した。
「レンもカーティも大好きだよ」
きっと。レンブラントはこういう答えを望んでいるのだとおもったから。
そう思ったまま答えを口にしたのに。
レンブラントは一瞬目を瞠って、それからやれやれと首を振った。
「だってさ、カーティ。僕のことも君のことも、ちゃんと大好きだってさ」
「へーへー、そいつはごちそうさま」
ふたりがちょっぴりむくれてしまったので、シルフィは困ってしまった。
どうして大好きって言ったのに、拗ねてしまったのだろう。むかしは三人一緒じゃないとレンブラントもカーティスも拗ねていたのだけれど。
ふたりを見比べて、それからスルヤを見上げる。きっとスルヤなら答えを知っている。
そんなシルフィの視線を受けてスルヤは今日何度目かの苦笑を洩らした。
「おまえがそんなこと聞くからだろう、レン。ほらカーティも。シルフィが困ってるじゃないか」
「うっせー。スルヤはいいんだよ」
「そうだよ、いいよねスルヤは」
「おいおい。俺のせいじゃないだろう。それにシルフィはおまえに聞かれたことに嘘偽りなく素直に答えただけじゃないのか。なあ、シルフィ?」
優しいスルヤにほっとして、シルフィは頷いた。
レンブラントとカーティスが再びスルヤに食い下がった。
よくわからないけれど、ふたりは怒っているようなんだけど楽しそうだし、スルヤもずっとにこにこしてるし、いいのかな、とシルフィは思った。