五章 星の流転と剣の行方

 ギギを追いかけていったはずのカーティスとレンブラントは、なのにギギに追いつく前にスルヤにつかまっていた。
 筆頭騎士に呼んでくるよう言いつけられたふたりを探していくのではなく、なにやってるんだおまえたちは、と逆に彼らの後ろを歩くことになっている。
 なんだってスルヤもギギも、あんなふうに都合よく現れるんだろう。
 至極当然のようにスルヤを先頭に筆頭騎士の執務室へ入る。
 この部屋に入るのは初めてではないけれど、いつもとても緊張する。
 なぜならたぶん、あの正面に座っている筆頭騎士、アジュール・サフィネスその人が、いつも怖い顔をしているからだと思う。
 挨拶をするスルヤとギギに続いて、レンブラントが同じように口を開こうとしたら、アジュールさまに止められた。
 なのでカーティスまでその順番がまわってこなかった。
 なんだかちっともいいことがない。
「急に呼びたてて悪いが、ことが緊急なので早めに伝えようと思う」
 アジュールさまは挨拶なしで用件に入った。
「はい」
 スルヤが代表して答える。
 筆頭騎士はいつもどおり落ち着いてはいるが、それでもなんだか焦っているようだ。
 それだけでもカーティスたちはひどく不安に感じるけれど、スルヤの声を聞くと……ほっとした。
 大丈夫。スルヤがいる。俺は……俺らはひとりじゃない。
「サグーンが各国に向けて通達してきた。南のウィンダリア王国が、滅亡したらしい」
 筆頭騎士が告げた。
 一瞬の沈黙の後。
「はぁ?」
 カーティスは思わず声を漏らしてしまった。
 あわてて口を押さえる。
 隣でレンブラントが馬鹿カーティと声には出さずに叱責してくる。
 ……失敗した。
 アジュールさまはちらりとカーティスを見たが、なにも言わなかった。
 それはそれでなんだかひとり馬鹿みたいだ。
「ウィンダリアが……滅亡、ですか?」
 居心地の悪い空気の中で、スルヤが反芻した。
 アジュールさまが頷く。
「ああ。サグーンの発表によるともうあの国は跡形もないんだそうだ」
「跡形も……とは、どういう意味でしょうか」
 ギギがすかさずたずねた。
 確かに歴史上はいくつもの国が興り、滅んできた。
 けれど、国が滅んだとはどうなったことなのだ?
 しかもウィンダリア王国といえば現在では北のサグーン帝国、中央のアンデルシア王国と並ぶ、三大国家のひとつのはずだ。
 ここルイス王国も森の多い国だが、比ではないくらいの森を領土に抱えているという。
 だからウィンダリアは森の王国とも呼ばれるのだ。
 そんな大きな国なら、たくさんの人もいるだろう。
 あの国が危ないという話は、少なくともカーティスは聞いたことがなかった。
「ウィンダリアがどうなったのか。サグーンはあの国の性格からしてまったくの虚言ということはしないだろうが、すべてを言葉のとおり鵜呑みするのも危険だ。……そこで」
 アジュールさまが顔を上げた。
 冷たい印象がするのは、あの灰青色の瞳のせいだろうか。色白の顔は結構な美形だと思うが、この人の場合は涼やかではなく冷たい感じがする。
「おまえたちに、視察に行ってほしい」
「……は? 我々、ですか」
 さすがのスルヤも声が少し上擦っている。
 カーティスは驚いて声も出なかったのだが。
「ああ。俺も自分で行きたかったのだが、そうするとまた別に問題があってな。だからスルヤとギギに、と思ったのだが、慣れない仕事をいきなりふたりにさせるのも酷かと思って、おまえたちも呼んだ」
 筆頭騎士、アジュール・サフィネスと目があった。
 思わず、背筋が伸びた。
「カーティスとレンブラントはおまえたちと仲が良かったな。友人となら知恵を出し合い初めてのことにも対処できるだろう」
 そう、あの冷たい瞳で。
 筆頭騎士は良く知っている。
 きっとスルヤとギギだけでなく、カーティスとレンブラントの得手不得手がなにかを理解したうえで言っているのだ。
 四人で力を合わせれば、なんとかなる、と。
「……はい!」
 カーティスが思わず返事をした。
 レンブラントが隣でぎょっとした。
 スルヤが驚いた顔で振り向いた。
 ギギが不思議そうな目を向けた。
 でもかまわなかった。
「行きます」
 自分たちは、行ける。
 だってカーティスが言った言葉に、アジュールさまが少し目を細めてにやりと笑ったのだ。
 ここで期待に答えられなければ騎士じゃない。
 ……いや、男じゃない。
「よく言った。総意ととって良いか」
 アジュールさまが満足そうに頷いた。
「……はっ!」
 新米騎士たちは声をそろえて返事をした。
 いつまでも、新米ではいられないのだ。
 騎士とは国に忠誠を誓い、国王のために剣を振るうものだと頭ではわかっているけれど、カーティスには残念ながらそんなすごい忠誠心はなかった。
 ただレンブラントに負けるのがいやで、スルヤに置いていかれるのがいやなだけだ。
 でもその上で、この筆頭騎士に認められるのなら、騎士の勤めもちゃんとこなせる、と思う。
 自分には自分の器にあっただけの忠誠心しかない。
 だけど、だから、やれることやはる。
 そうでなければ本当に誰にも顔向けできない。
「では任務の説明をする。こちらへ」
「はっ!」
 騎士であること。
 アジュールさまに認めてもらうこと。
 それらを誇りに思えるようになったら、カーティスはもっと、ちゃんと、ひとりで前を向けると思う。