五章 星の流転と剣の行方
スルヤとギギが黒姫と共にルイス王国へ引き返して七日。
そろそろなにか連絡がきてもいいのでは、と待ち構えていたカーティスとレンブラントのもとに、その知らせはもたらされた。
でもそれは兄貴分が戻ってきたのではなかった。
自分たちが帰国を命じられたのでもなかった。
ギギが。
あのとき最後に言った言葉はこういうことだったのか。
「このままでは、帰る場所がない、て」
ギギが、そう言った。
カーティスの呟きに、呆然と立ち尽くしていたレンブラントがぎょっと振り返った。
「カーティ、僕たちどうしよう」
「俺にきくなよ、わかるわけないだろ」
ルイス王国騎士団の制服を身にまとった新人騎士のふたりは、自分たちが見送った先に待っていた結果によって、この場所に取り残されてしまった。
祖国、湖の国ルイスが、滅んだ、という結果に。
ふたりは行く先を考えあぐねていた。
本当は今すぐルイスに飛んで帰りたかったのだが、噂がふたりの足を止めさせた。
ことの発端が、騎士団によるクーデターだというのだ。
現在の騎士団は、現実として筆頭騎士アジュール・サフィネスありきで成り立っている。
あのアジュールさまより力のあるやつはいない、と思う。
「ハメられたんだよ」
呆然としている時間の長かったレンブラントは、けれど夜になって昇ってきた満月を過ぎて欠け始めたを眺めながら、急に目が覚めたように言い切った。
「誰が」
混乱したままのカーティスが、とりあえず聞き返す。
ここにはふたりしかいない。
でも、ふたりいるのだ。
「だれって、アジュールさまに決まってるじゃない。頭がよくて剣もできて、部下の信頼も厚い。今までのアジュールさまの功績のすべてが、あの人を嫌う理由になる人、いると思うな」
美人のレンブラントが、誰とも知らない誰かを想像して、鋭いまなざしを空に向けている。
「じゃあ……アジュールさまの失脚を狙って?」
「そうじゃないの?」
「それでなんでルイスが滅びたんだよ」
「そりゃあ、アジュールさまが失脚してたからじゃない?」
「はあん?」
カーティスはわけがわからなくて、幼馴染みの同期を振り返った。
レンブラントは、ちょっと怒ったような顔でカーティスを見返す。
「もう! しっかりしてよ、カーティ! アジュールさまを失脚させたのは誰だか、わかるよねっ?」
「え、えっと……王宮の、やつら?」
「そうだよ! それ以外ありえないじゃない! で、ルイスを滅ぼしたって言ってる国はどこって聞いたっけ!」
「う……サグーンって、言ってたよな」
南の大国ウィンダリアを滅亡させたと宣言したサグーンは、その後二十日もたたないうちに、隣の小国家ルイスをも滅ぼしたと、同じように宣言したのだ。
「国が滅びるって、どういうことだと思う?」
「わかんねーよ。それを確かめに俺らはウィンダリアに向かってた途中だったんだからよ」
「それはウィンダリアの話。あの国は大きかったの。ルイスはちがうでしょ。滅ぼすなんて簡単だよ」
「簡単?」
「うん。あの古い王宮に居座る人たちを一掃、そして騎士団を無力化させれば、あんな国おしまいだよね」
「あんな国って、おまえな……」
「だってぼくはあの国に生まれて損したと思ってるんだよ!」
レンブラントがそんなことを言うとは思わず、カーティスは目を丸くして親友を見つめた。
そして……腹が立った。
むっ、と睨みつけて言い返す。
「おまえよっく考えて言えよ、レン。おまえの中じゃ俺やスルヤや、それにシルフィと一緒に過ごしたガキの頃には、なんっにもいいことなかったみたいに聞こえるぜ」
……なんで。
怒ってる自分が、こんなふうに泣きそうにならなきゃいけないんだろうか。
レンブラントはカーティスの言葉と、ちょっぴり涙を浮かべた目に、うっ、と詰まった。
「……ごめん、言い過ぎた」
「べつにいいけどさ」
「えっと、だから」
レンブラントが少し焦ったように話を戻そうとする。
空を見上げると、さっきまで見えていた月が、雲に隠れていた。
「サグーンは、武力なんて持ってない王宮をあっさり制圧した、てことか?」
「そうなんじゃない? アジュールさまでもいれば対抗するなり逃げるなり、きっとあの人は方法を考えていたと思うけど」
「えっ?」
「そうでしょ。あのぬかりない人だよ? 三大国に囲まれた小国の、弱小騎士団の筆頭だったんだよ? ぼくたちと違って国のことを考えてる人だったもの。きっと陛下が助けを求めてきたら、きっとあの人は全力でお守りして、逃がしたと思うよ」
あたりまえだよ、と言うレンブラントに、カーティスはそれまで考えたこともなかったけれど、そうかもなあ、と納得した。
「ってーことは。王宮は自分で最大の味方を潰したところで、最悪の外敵に踏み込まれた、ってことか?」
「そうなんじゃない」
「そんな間抜け、いたのかよ?」
「いたんじゃない」
レンブラントはそっけなく返す。
隠れていた月が、少し顔を出した。
「僕たちにとってこれから重要なのは」
そんな月を見上げて、レンブラントが呟いた。
「アジュールさまとスルヤたちがどうなったか、てことだよね」
そうだよな、と頷こうとして、カーティスはふと気付いて、ぎょっとした。
「な……おい、なあ」
「なに、急に慌てて。おそいよ」
「うっせ。なあ、アジュールさまは無事なんだろうな? スルヤたちも……」
生きてるよな、という言葉は、どうしても口にすることが出来ずに飲み込んだ。
けれど。
「大丈夫でしょ、きっと」
レンブラントはまるで楽観的に答えた。
「は? なんでそう言えんの」
「だって、黒姫さまが行ったんだもの。アジュールさまが危険だから、て、あの人すごい速さで馬を走らせてたでしょ。だからきっと大丈夫」
なんでそんなに信頼できるのか、カーティスにはいまひとつよく理解できないのだが、レンブラントはちっとも心配していないらしい。
「俺らはスルヤとアジュールさまと、合流すべきだよな」
それは、自然だった。
だいたいここに取り残されているのは、単に駆けつけるための馬がなかったからなのだ。
「そうだね」
レンブラントが月を見上げる。
「それに馬もないしな」
「あっても乗れないくせに」
「乗れるよ! おまえも似たようなもんだろうが!」
「あーあ、スルヤ、迎えに来てくれないかなー」
「俺たちは迷子のガキかよ!」
「うるさいなあ。さ、明日からすることは決まったから、今日はもう寝るよ」
「あ、こら待てよ」
いまここにスルヤはいないけれど、でもカーティスとレンブラントはふたりだ。
ふたりで、いつまでもスルヤを待っているわけにはいかない。
たまには、追いつかなければ。
そしてふたりは先を競うように眠りについた。
カーティスが見た夢の中には、ルイスはまるで夢のように、いつもと変わらないままであったけれど。
でもこれは夢だな、と、頭の隅で考えながら……いまは眠った。