331年、地の一の月。
その風の神官候補生はやってきた。
彼らのファリスタ神殿に候補生が入殿するのは、実に四年ぶりだ。
「四年ぶりか……。もう四年というのか、まだ四年というのか」
最年長の、水の神官候補生ファンダーラが、この小高い丘の見晴らしの良いところで、両手を空に投げ出して言った。
そんなファンダーラのちょっと後ろには、座るのにちょうどいい岩があって、そこにファンダーラの一つ年下の、風の神官候補生レイザラードが座っていた。
ファンダーラが14歳、レイザラードが13歳だ。
「風の候補生か。雰囲気、おまえにちょっと似てんな」
ファンダーラがそういって友人を振り返った。
今日やってきた新しい子どもは、黒髪の、おとなしい雰囲気の少女だった。
ファンダーラから見れば、性別が違うだけで、まるで8歳のときのレイザラードそっくりだと思ったのだ。
「そうですね」
それにこたえたレイザラードは、ちょっと微笑を浮かべて、どこか遠い目をした。
歳の割りに落ち着きすぎている彼ではあるが、そんな様子がいつもとも違って、ファンダーラは不思議に思った。
「どうした?」
「え? ええ……」
レイザラードはすぐにファンダーラを見返す。
そしてにこり、と笑った。
「いえ、わたしには妹がいるのですが、今日の彼女と年も近いので今頃はあんな感じなのかなあと思いまして」
ファンダーラは驚いた。
ここには今四人の子どもたちがいるが、皆、神官候補生となるために、親元から離れている。
神官になった暁には、親にも金品が贈られるとあって、自分の子どもを差し出そうとする親もいるらしいが、誰でもが神官になれるわけではなく、また神官候補生にだってなれるものではない。
ファンダーラはその力を巡視官に見つけられてここに来たが、レイザラードは……ちょっと違ったらしい。
でも、そんなことは子ども同士には関係なくって、レイザラードだってちゃんと力はあって、ファンダーラと机を並べて勉強している。
ただ、そういった、ここに来る前のことはなぜか誰も触れないようにしていた。
子どもは、大人よりそういうことに敏感だ。
嫌なことには触れないようにして通り過ぎるのは、大人より上手い。
「妹、いんのか」
だから、レイザラードがそんなことを言ったのに驚いたのだ。
「ええ。ですが、わたしが5歳でここに来るほんの少し前に生まれたばかりだったので、彼女はわたしのことなど知らないのでしょう」
知らないまま育ち、いつかすれ違っても気付かない。
でも、レイザラードは、覚えているのだ。
ファンダーラは両手を腰に当てて、ずんずんとレイザラードの隣へと近寄った。
レイザラードはなにも言わないし、もし訊いてもとぼけてかわすだろうと、ファンダーラはわかっていた。
レイは、自分が親によって差し出されたのだと。
べつになんでもないという顔をしているが、それがレイの傷である、と。
けれど、それこそファンダーラにもレイザラードにも、そんな大人の事情は関係ない。
レイは、レイだ。
「そー言えばおまえ、ここに来たばっかの頃から悟りきってたよな」
だから傷だって掘り返す。
そんなすべてがレイザラードなんだから、ファンダーラはそれをすべて受け止める。
「なにがです?」
多分今のレイの一番近くにいるのが自分だから。
「ほれ、えーと? 自分はあの家にいてはいけないから来ました、て。5歳のガキのセリフじゃねーよな」
「そんなこと言いましたっけ」
レイザラードは穏やかに微笑んで、ファンダーラを見上げる。
「でも、わたしの家は貧しかったので、妹が生まれて、わたしがいなくなって、ちょうどよかったのではないですかね」
レイザラードは表情も変えずにさらりと言う。
それに、わかってはいたけれど、ファンダーラのほうが表情を曇らせた。
けれどレイザラードは微笑を浮かべたままファンダーラの顔をまっすぐに見返してきた。
「でも、そんなわたしに、ばかいえ、ここは来るべき人しか来れない特別な場所なんだぞ、と怒って励ましてくれたのも、6歳のこどもでしたよ」
「……ちゃんと覚えてんじゃねーの」
「それはもう、あなたの印象は強烈でしたから」
「ふうん?」
そしてあの日から二人はずっと一緒にいる。
性格は全然違ったけれど、ファンダーラもレイザラードもこんなだから、ぶつかるなんてことはなかった。
二年間は二人だけで、そのあと地の神官候補生ターナが来て、火の神官候補生スカーレットが来て四人になって、四年経った。
「また……候補生が増えるのでしょうね」
「そうだろうな。聖数の八人になるように、あと三人来るだろう」
四や八は聖数とされている。
だから五人、というのはあまりないらしい。
「俺たちのように四人そろうのに四年もかからなきゃいいがな」
「そうですね」
けれどその間に、レイは今のレイになったし、ファンダーラは……まあ、ファンダーラはあまり変わっていないか。
「あ、風が」
レイザラードが視線を上げて、目を細めた。
その髪がふわふわ、と泳いだ。
風の精霊が戯れているのだろう。
「歌っていますね」
二人のいる丘を、風が駆け抜けていった。