辺りは一面真っ白だった。
すべてがなくなったようだ。今まで暗いところにいたものだから、急には目が慣れなかった。
「大丈夫かい、硝子」
その声がパグではないので驚いて、硝子は声の主を探した。
「硝子さん、もう慣れました?」
もう一つ声がしたが、こちらもパグではなかった。
「キキル、リーリー! どうしてここにいるの?」
目の前にいたのは白猫のキキルと白い天使のリーリーだった。
「あたしたちも風見鶏に会いに来たんだよ」
「でもウィルウィルがいないんで、困ってるんですの」
風見鶏が、いない?
「ミックはんが、ここからおらんなるんやなあ……初めて見たわ」
四人の前には透明のガラスの扉があった。
硝子がなにこれ、とたずねる。
「ルーシーはいつも、この上に立っているんだ」
「この扉の向こうはどんなところなの?」
さらに硝子がたずねると、
「硝子さんの家ですわよ。だって、硝子の扉ですもの」
「あ、ミックはんが帰ってきはった」
全員が振り返るなか、風見鶏が飛んできた。
鳥のように羽を羽ばたかせて、風見鶏は飛んできた。
硝子が初めて見る「ミック」は普通の、硝子の家の風見鶏だった。鉄でできていて、薄っぺらいものだった。
「ウィルウィル、探し物は見つかりましたの?」
リーリーが声をかけた。
しかし風見鶏は四人を無視して通り過ぎようとしている。
「おまちよルーシー、あんたが探しているものを、あたしゃ考えてきたんだよ!」
キキルの声が聞こえたのか、風見鶏はゆっくり回ってこちらを向いた。
風見鶏がやっと、ガラスの扉の上に止まるのを見ると、まずキキルが光るものを差し出した。
「このブローチじゃないかい。今日拾ったんだ」
それを見て硝子は驚いた。それは今日、硝子がつけていたものだったからだ。
「まあ、それはあたしのよ!」
風見鶏は何も言わずにじっとこちらを見つめている。
「まってウィルウィル。私も今日拾ったものがあるんですの。これではなくて?」
今度はリーリーが白の、ピンクの花の刺繍のあるハンカチを差し出した。
「まあ、それもあたしのよ!」
再び硝子が叫ぶのを、風見鶏は何も言わずにただじっと見つめている。
「ああ」
キキルとリーリーが溜め息をついた。
「あかんあかん、そないなことやあかん! ミックはん、このとうもろこしでも食べて元気だしぃ!」
パグがわめくと風見鶏はパグをじっと見返して、また飛び立とうとした。
「あ、まちなはれ。ほれ硝子ちゃん、そのポケットのもん、出してみぃや」
パグに急かされて硝子は、ポケットから、指輪とコインと、ショールとベレー帽を引っ張り出した。
「まあ!」
「おや!」
しかしそれを見て騒いだのはキキルとリーリーだった。
今にも飛び立とうとしている風見鶏に、硝子は思わず叫んだ。
「まって風見鶏! あなたは何を失くしたっていうの?」
風見鶏は何も答えない。
「あなたはずっとここにいたんでしょう? それなら失くしたものも、この辺りにあるんじゃないの?」
それでも風見鶏は答えない。
「この辺、探したの? この扉の向こうも?」
すると風見鶏は広げかけていた羽をぱたっと下ろして、いつもの、硝子が見知っている「風見鶏」の姿になった。
そしてガラスの扉の上で、くるくるっと、まわった。
「扉が開きますわ」
四人の目の前で透明のガラスの扉がゆっくり開く。
その向こうに何か光るものが見える。
硝子は駆け出した。扉を押し開け、光るものを手にした。
それは、
「……卵だわ」
辺りは一面真っ白で、真っ白な卵が光を放っていた。
何も見えない。扉も見えない。
「風見鶏、これでしょう、あなたの探していたものは。光る卵よ!」
光る卵をのせた両手を高く突き上げると、卵は更に強く光り、硝子は思わず目を閉じた。それからすぐに、手の中から卵の感触がなくなった。
かわりに硝子は頭の中がくるくる回りだすのを感じた。
「硝子ちゃん!」
「硝子!」
「硝子さん!」
くるくる、くるくる、くるくる、くるくる、…………
突風が顔にあたったので、硝子は目を開けた。
目が回る感じは、治まっていた。
そこは見慣れた自分のベッドの上だ。
窓から見を乗り出すと、外は風が吹いていた。
急いで家の外に飛び出し、屋根の上の風見鶏を見上げた。
風見鶏はいつもと同じ格好で風の方を向いている。
「――ルーシー」
硝子は呼びかけてみた。
「――ウィルウィル。――ミック」
いずれも反応はない。
ぴた、と風が止んだ。そしてまた吹き始めた。
風の向きが変わった。風見鶏はくるっと回って硝子のほうを向いた。
「探していたものは、見つかったの?」
それからまた風の向きが変わって、風見鶏はくるっと目を反らした。
風見鶏は何を待つ?
風見鶏は何を待つ?
風見鶏はここにいる――。
広い畑の真ん中に、小さな家が建っていて
赤い屋根の突先に、風見鶏は立っていた