魔術師の弟子
この街は、いつも、秋だ。
ルーは自宅から程近いところに構えた、自身の別荘から、街を見下ろした。
高いところに居を構えるのは権力者の特権だが、この街で一番高いところにあるのは、ルーの館だ。
なぜか。
この街を治めているのは彼の親族で、そして親族の中で最も力のある魔術師が自分だから。
わずかな春と夏が過ぎて、いつもどおりの長い秋が始まってしばらくして、
その連絡が入った。
ウェスティカ29区出身の『赤』が誕生したと。
ルーが思ったのは、ああ、そんな時期か、ということだった。
五年前、自分もあの宇宙最高教育機関を卒業した。
自分は第六席で、『色付き』には届かなかったわけだが、別に黒以外の法衣がほしかったわけでもない。
手の中で、ダイスを転がす。
センターの賭博場にでも行けばお目にかかれるだろう、十二面のダイスは、ルーの大事な触媒だが、
ここウェスティカにいては見ることもないサイコロだ。
ダイスはカードよりも簡単だとも、複雑だとも、言われる。
ウェスティカ出身の魔術師は大概カードを使うし、ルーもカードを使うのが苦手なわけではないが、
手の中で転がせるダイスのほうが好きだった。
「それって、例の、彼?」
「は……ルーさまがお目付けされていたあの少年です」
「ふーん、やっぱりね」
ウェスティカ29区出身の、赤。
赤とは、ユニ……ユニバーサル・ユナイテッド・ユニバーシティ、通称『U.U.U』を、首席で卒業したものに与えられる深紅の法衣からきた、首席、の同義語だ。
「なんだっけ。アスベル……そうだ、アスベル・リード」
ルーはひとり彼を思い出す。
いかにもウェスティカの特徴を揃えた、黒髪の素朴な少年だった。
はじめて見たときに思わず訊ねた。
おまえは、魔術を志しているのか、と。
けれど返ってきた答えは違った。
魔術とはどんなものかは知らない、と。
ただ、自分は勉強して、少しくらいは役に立つ魔法は身に付けたい、と。
そのときすでにウェスティカ一の魔術師と目されていたルーは、この少年がいたく気に入った。
なので周囲が不気味に思うほど機嫌よく少年を遇した。
では勉強しろと。
すべての教科を隈なく修め、是非ユニへ進めと。
そうすれば、おまえの目指すような魔法にも出会えるだろうと。
アスペル少年はわかりましたと頷いた。
ルーにはわかった。
この少年は、とんでもないキャパを持っている。
自分など到底及ばない、秘めた力を持っている。
もし、ユニほどの機関で学ばなければ、いつかそれが仇になるほどの魔術の素質を持っているのだ、と。
いい素材だ。
今思い出してもそう思う。
だが彼はまだ、魔法使いでしか、ない。
いい、素材だ。
自分ならぜひとも魔術師にと思うが、こればかりは本人の意思だ。
ルーに出来ることと言ったら、魔術師という道があることを、教えてやるだけだ。
手のひらのダイスをテーブルに置いて、ルーは立ち上がった。
窓を開けてみるが、外は相変わらず田舎と軽視されがちな故郷の風景が広がっている。
波打つ紫の髪がわずかに揺れる。
が、ターバンを揺らすことはない。
そんなわずかな微風。
やや、赤茶けた細かい土が、時折風に乗ってくることもあるけれど。
ルーはこの田舎の故郷が嫌いではない。
なのでバァルの弟子にしては珍しく、一所に住まわっている魔術師だ。
だからほかの魔術師が訪れることもあり、中継点になったり、あるいは集会所になったりもする。
それも悪くはないと思っている。
「ルーさま」
背後から、恐る恐る声がかかる。
ルーは、振り向きもしない。
ただ、窓を閉めた。
「お客様がお見えです」
「魔術師?」
「はい」
「……お通しして」
「はい」
短い会話を終えると、取次ぎは急ぎ足で部屋を出る。
まるで、ルーにとって食われるとでも言わんばかりに。
あながち間違ってもいないので、ルーはなんとも思わない。
黒の法衣を払って調え、ルーは歩き出す。
お客人だという。
魔術師しか通さないこの館に、今度やってきたのはだれだろうな。
魔術師というのはだれも皆気まぐれで、用もないのに寄ってみたり、古い友でも通り過ぎたりするものだ。
けれどそれも気にしない。
お互い様だ。
客人か。
その、赤の魔法使いにもう一度会ってみたいな、と思いながら。
ルーは紫の髪をわずかに揺らして、部屋を出た。