水晶の一族

 色とりどりの水晶たちが、会していた。
 赤、青、黄、緑、紫。黒や灰色もある。
 その中心にいるのは、無色透明の水晶、クリスタルその人だ。

 彼らは集まって、なにをするわけではないが、ほかの鉱石とは違い、種類も数も多いので、ときどき集まってその意識を確かめあう。
 自分たちはクオーツ……もっとも純粋で、正統な、宝石である、と。



 アメジストはぽつんとひとり、座っていた。
 周りは知り合いばかりだけれど、誰とも話したくなかった。
「アメジスト」
 そこへひょろりとやってきたのは、グリーンクオーツだった。
「なにか、おちこんでいるの?」
 クオーツの中でもあまり高い地位をもっていないグリーンクオーツは、けれど、高貴な部類に入るアメジストであろうとも、気にしたふうもなく話しかけてきた。
「いえ、落ち込んでいるというわけでは……」
「調子が悪い、なんてことは、なさそうね」
「え、ええ……」
 あやふやに返事をする。
「貴女がなにに落ち込んでいるのか、あててあげましょうか」
 先ほど否定した言葉を繰り返して、グリーンクオーツはその黄緑色の瞳でアメジストを見つめた。
「お仲間の誰かが、人間の魔法使いと契約したわね」
 興味本位という顔でもなく、侮蔑でもなく、ただ、グリーンクオーツはそう言った。
 あまりにも有名な話だと思っていたので、アメジストは彼女がなにを言いたいのか、理解できなかった。
「……わたしを、からかっているのですか?」
「あら、当たり?」
「有名な話かと思いますが」
「そうなの? わたし、そういうの、興味なくて」
 さらっと言い流すグリーンクオーツには、まるでどこ吹く風だ。
「わたしたちにとっては、そんなことで悩める貴女たちが不思議だもの」
 グリーンクオーツは少し首をかしげてアメジストを見下ろす。
「……不思議?」
「ええ。だって、魔法使いと契約したんでしょ? それって、魔法使いに呼び出されたってことよね」
「……」
「わたしたち、それすら稀なんだもの」
「……それは」
「その契約した魔法使いって、正統な資格を持っていたの?」
「……ええ、そうだと聞いています」
「じゃ、問題ないじゃない」
 さらりと言われて、問題はそんな簡単なところにはない、とアメジストは喉まででかかったが、それをこの同胞に言っても仕方がないと思い、飲み込んだ。
「今、仕方がないとか、思ったわね?」
 けれど、グリーンクオーツは気にせずアメジストを覗き込んでくる。
 アメジストは、少し、彼女を鬱陶しく思った。
「なにが不満なのかしら。高貴な紫水晶ともあろう存在が、人間に呼び出されて下僕にされたって思っているのかしら?」
「そういうわけでは……!」
「じゃあ、なによ」

 アメジストとグリーンクオーツは、要は同じ存在だ。
 含有のエネルギー準位の違いで、色彩が異なるだけだ。
 が、紫水晶がアメジスト、黄水晶シトリンなどと呼ばれるような呼称は、グリーンクオーツにはなかった。
 それだけの地位がないのだ。
 それが、物質世界における宝石の価値に左右されているかどうかはわからないけれど。
 少なくとも、クオーツの仲間の中では、そういうことになっている。
 だからといって、グリーンクオーツは気にした様子はない。
 
「わたしの友人に、グリーンガーネットがいるの」
 グリーンクオーツは突然話題を変えた。
 グリーンガーネット。
 それはまた、変わった石だ。
 ガーネットはそれはそれは大きな一族だが、一族のほとんどが赤い色をしている。
 そのなかで、緑色。
「お互い末端鉱石だから息があっちゃって。緑ってそういう性質なのかしらね?」
 くす、と笑うグリーンクオーツに、アメジストは返事に困った。
 緑色の代表ともいえるエメラルドは、それはそれは几帳面な性格だと思うのだが。
「ガーネットの一族に、えらく奔放なのがいるんですって」
 それは、アメジストも聞いたことがあった。
 契約を交わしているわけでもないのに、人間側に渡っていくのだという。
「でも、ガーネットの一族の中じゃ、確かに有名だけど、別にそれだけなんですって」
「……というのは?」
「別に誰も、困ってないってことよ」
 グリーンクオーツの言うことが良くわからず、アメジストは怪訝に見返す。
「ちょっと変わったのがいるけど、まあいいか、てこと。渡るのをやめろと言う訳でもないし、誰も恥だとも思ってないって」
「それは……。一族が大きいから、ですか」
 だから、寛容だ、と……?
「あら。わたしたちだって、大きな一族じゃない。多分、鉱石のうちで一番大きな一族よね」
 クオーツは単純に水晶と分類されるものたちだけでも数が多いが、玉髄や瑪瑙だって、考えようによっては一族のうちだ。
 そんな先まで含めると宝石の中でもっとも大きな一族になるだろう。
 だからこそ、クオーツたちは思っているのだ。
 自分たちこそ最も純粋で、正統な宝石である、と。

「だから。自分の姉妹の中に、一人くらい変わったのがいても、いいじゃない、と思うの」

 きっと。
 グリーンクオーツはこの言葉をアメジストに伝えるために、話しかけてきたのだろう。
 アメジストはそう思った。
「大丈夫。だって、アメジストの長女は、こんなにもアメジストらしいんですもの」
 そして、なにも答えないアメジストに、ごきげんようと言い残し、グリーンクオーツは立ち去った。
 
 アメジストらしいんですもの。

 アメジストらしいとは……どんなことだ?
 だったら自分は、なんだというのだ?
 ならば自分は、自分のままで、いいというのか?

 ふいっと顔を上げてグリーンクオーツの姿を探したけれど、彼女の緑色の姿は見つからなかった。
 どこにいるのかわからなかった。
 目立たないグリーンクオーツ。
 自分は彼女を見つけられないのに、彼女は自分を見ていたのだ。

 アメジストらしいとは……どんなことだ?

 アメジストは自問し続けた。