めぐり石

 ユニ……ユニバーサル・ユナイテッド・ユニバーシティ、通称『U.U.U』とは、宇宙最高学術機関である。
 すなわち、デカい学校だ。
 けれど一般的にたまに勘違いされていることがある。
 ユニは、決して『魔法使い養成学校』ではない、ということだ。

 ただ……いくら世の中魔法が珍しくないとはいえ、誰にでも簡単に習得できるものでもなく、かといって魔法がないと進まない物事は多く、必然的に頭がいい、優秀な人材が魔法使いになるパターンが多い。
 ユニの出身者なら、大概の連中は魔法が使える。世の中魔法が使える要素がゼロのやつってのはほとんどいないし、ユニに入ってくるやつは、あの面倒な理論だか理屈だかを一応は理解できる。組み立てられる。詠唱も……あれは暗記した決まり文句なんかじゃない、その都度状況に合わせて自分で組み合わせて作るオンリーワンの呪文も、作り上げることが出る。
 だから……だけど。
 ユニに入った学生が必ずしも魔法使いになるとは限らない。

 たとえば、ダブリガのように。

「おーい、ダブりん。次、行けよ」
「……その呼び名、やめろ」

 クラスメイトがあまり好きではないあだ名で呼んだのに、むっとしながら、それでもダブリガは立ち上がった。
 呼び名のなにがいけないって、あれを聞くと妹が大喜びするのが一番いけない。
 部屋の中央にある、結界魔方陣へと進み出る。
 ダブリガは正直、魔法はあまり得意ではないのだが。
 対峙した今日の対戦相手より、先にスペルを唱え始めた。
「我、剣となりて、汝、力とならん」
 そのスペルはもうほぼ完成形で、ダブリガの持ち技になりつつある。
 クラスメイトも知っている。
「ここに来たれ、我に手を貸さん、サードニックス!」



「サードニクス?」
 ダブリガが専攻している剣術研究室で、見慣れないやつに、聞き慣れない言葉を聞いた。
「ああ、そうだ」
「なんだっけ、それ」
 いなくてもいいのに、ちゃっかり隣にいた双子の妹が首をかしげる。
「石だよ。鉱物。瑪瑙の一種で、赤と白の縞模様が特徴なんだ」
 双子の前にいるのは、黒髪の素朴そうな同級生。
 見た目はこれといって特徴はないのだが、かなりの有名人らしい。
「石……あー、鉱石学だっけ、あたし、あれ苦手」
 妹のマリンダが机の上のコインをはじきながら言った。
「えっと、君はブラックオニキスのほうがいいと思うよ」
「え? あたし? あれ、あたしと兄貴、良く似てるって言われるんだけど」
「えっと……それは、外見のことかな?」
 目の前のそいつ、名前はアスベルというそうだが、やつがきょとんとした目でダブリガとマリンダを見比べた。
 そんなにしなくても俺とこいつは似てるって。誰が見てもわかるだろ。
「でも、性格は似てないよね?」
「そぉねえ、あたしは兄貴みたいに暗くないわよね?」
「……うるせーよ」
 それもまたよく言われることなので、軽くあしらう。
「じゃあなに? あたしたちの性格に合わせてその石って選ぶのがいいの?」
「ああ、そうだよ。サポートするものなんだから、足りないものとか苦手なところを補うように選ぶべきだ」
「ふーん。じゃあねえねえ、兄貴に足りないところってなに? そのサードニクスってのはどんな効果なの?」
「えっと……」
 それまですらすらと答えていたアスベルが、急に視線を泳がせ始めた。
 なんだ、こいつ。なにごまかしてやがる。
「……そこまで言ったんだから、言えよ。俺になにが足りないって?」
 む、とダブリガが目を眇めて言うと、アスベルはこほんとわざとらしく咳払いなんぞした。
「情熱、かな」
「……余計な世話だって」
 なんというか、たいして親しくもないやつに、もっともなことを言われて、ダブリガはげんなり目をそらした。
 隣でげらげら笑う妹のことは、無視した。



 宝石学の研究室というのは、やたらデカかった。
 図書館かというくらい、学生が詰まっている。
 初めてここを訪れたダブリガは、なにをどうしたらいいのか、誰に何を聞けばいいのかさっぱりわからず、入口を入ったすぐのところで立ち尽くしていた。

「そしたらさー、でっかいのがどかーんと……」
 どんっ。

 背後から調子のよさそうな声の主が入ってきて、そのままダブリガにぶつかった。
「うわっ! ご、ごめん!」
「おいおいリマ・ダ、なにしてんだよ」
 友人らしき後に続いたやつとふたりでへらへら謝ってくる。
「あ、いや、大丈夫だけど……あの」
 見た感じ、あまり年は違わなさそうだ。
 親切そうというよりは、気安そうな感じなので、ダブリガは彼らに訊いてみることにした。
「すまない、俺はここに慣れてないんで教えてほしいんだが」
「お? なにを?」
「石が欲しい場合はここで申請するようにと聞いてきたんだがどうすれば」
「あ、それなら!」
 そして彼らは自分たちではなく、その男、カーセルダースを紹介してくれた。


 慣れない申請用紙を前に、ダブリガのペンが自信なさそうに文字をつづる。
「こ……こんな理由でいいのか?」
「うん、大丈夫だよ。結構まともな理由だと思う。わりとすぐにもらえるんじゃない?」
「そ、そうか」
「それよりさ」
 カーセルダースはダブリガが書いている申請用紙を覗き込んで、溜息をついた。
 彼は宝石学研究室の専攻生なんだそうだ。
 いろいろ見慣れているんだろうが、初めてのダブリガはぎくりとする。
「な、なんだ」
「あ、ううん。ごめん、違うんだ。ねえ、ダブリガは召喚ランク、持ってたりするの?」
「ああ? ああ、まあ。召喚ランクならいまのところCだ。第一学期に入ったら、Bランクの試験を受けるつもりだ」
「そっか……じゃあ、卒業までにAランクをとって、契約するのが目標ってこと?」
「まあ、そのつもりはなかったが……そうだな、それも考えてみる」
 はあ、とまたカーセルダースが溜息をついた。
 なんだ、こいつ、と思う。
 カーセルダースは申請用紙を取り上げて、もう一度目を通すと、それをダブリガに返して立ち上がった。
「申請書の提出場所はあっち。結果通知の場所も教えとくから、来て」
「あ、ああ。悪いな。頼む」
「次に来たら、入口からまっすぐここへ向かえばいいよ。あんまり奥に入ると迷子になっちゃうから」
「ここは、広いな」
「そうなんだよ。はい、ここ。たぶん二、三日で結果がここに貼りだされるから、探してみて」
「ああ」
「それで書いてあることがわからなかったら、またオレに聞いてくれていいよ。大概ここから見えるテーブルにいるから」
「そうか。そのときはよろしく頼む」
「うん」
 そう説明しながら、カーセルダースは貼りだされた紙に目を通している。
「……あ、これ、やっぱり却下だ。あー、こっちは……まあ、しかたないよね、人工物になるのは」
 そしていくつかに目を止めて、なにやら納得している。
「それではカーセルダース、世話になった」
「あ、うん。またね」
「おーい、カース!」
 挨拶をしていると、どこからか彼を呼ぶ声がして、カーセルダースはダブリガにちょっと手を振ると、なんだよ、と言いつつ歩いて行った。

 そして。
 そのカーセルダースと再び顔を合わせ、赤と白の縞模様のサードニクス……の人工物を手に入れたのは、それから二日後のことだった。



 ミーシャ……今日の対戦相手のクラスメイトだ、の呼びだした、なにやらピンク色をした聖霊は、ダブリガとサードニックスの三度の攻撃で湯気のように消えてしまった。
「ひどーい」
「ひどくない。すごいと言え」
「すごーい」
「……なんか嬉しくないな」
 冗談に付き合ったミーシャからぷいっと目をそらす。
 やっぱりダブりんはひどい! とか言っているのを背中で聞き流す。
 だから、そのあだ名はやめろ。
「でもダブりんは、召喚術の授業のたびに、その石の聖霊と息が合ってくるね」
 ミーシャが言った。
 振り返ったが彼女はダブリガに言ったのではなく、ほかのクラスメイトと話しているところだった。
 息が合っている、だろうか。
 こいつを手に入れるためにはいろんな偶然があった。
 きっと自分一人では、石の聖霊と契約しようなんて目標、立てなかったに違いない。
 ダブリガはそっと服の下のサードニクスに手を重ねる。
 相棒はただそこに、冷たく静かにあるだけだ。